少年ガンマン 西部のリトル・キッド

森峰あきら・作

■1■

 むかし、むかし――、といっても、ほんの百年ほど前のことである。まだ、テレビもマンガもファミコンもなかったころの、アメリカの西部――。
 大平原はまるで草の生みのように続いていた。はるかかなたには、山やまが白い雪のぼうしをかぶっている。
 その大平原の中を馬に乗ったひとりの少年が、やってきた。ぼうしをかぶっているので、顔はわからないが、まだ子どもであることはまちがいない。旅をする者は多いが、しかし、子ども一人でというのはめずらしい。少年のこしにはガンベルトとけんじゅうが見える。
 旅をする者にとって、けんじゅうやライフルは必要だった。山ぞくやならず者、クマやコヨーテやオオカミなどの動物――、きけんはいたるところで待ちうけていた。
「…………」
 少年は、川のせせらぎの音を聞いて馬をとめた。少しおりると、小さな川が見える。暑かった。夏の太陽がぎらぎら照りつけて、体がとけそうだった。朝、いちばんにたってから、もう九時間も馬を走らせつづけている。少し水を浴びようと、少年は馬からおりてそのまま川の方へ歩いていった。
 水はどこまでもすんでいた。川はばは決して広くはないが、水の量はゆたかだった。
「…………」
 水の中になにか動くものが見えた。魚――、にしては大きい。なんだろ、と近づいてみると、なにかが岸に近づいてくる。そして、がばっと水がもりあがった。人だ、と気がついたときには、おそかった。そこに、少年と同じくらいの年の少女がいた。いっしゅん、ごく当たり前のように、少年とそのむすめは顔を合わせて立っていた。でも、それが長く続くはずはなかった。なぜなら、むすめははだかだったからで、次のしゅんかん、むすめはすごい悲鳴をあげて、しげみの中に飛びこんだ。どうしていいのかわからず、少年はその場に立ちつくしていた。しかし、なかなかむすめは出てこない。しかたない、このまま行ってしまおうとしたとき、
「待ちなさい」
と、声がして、しげみの中からさっきのむすめが出てきた。もちろん、今度は服を着ているが――。金ぱつのかみはまだぬれたまま、そのかみを黄色いリボンでたばねてポニーテイルにしていた。
「あ、あんた――、あたしのはだか、見たでしょ?」
と、まずむすめは言った。
「あんた、名前は?」
「キッド――、リトル・キッド」
と、キッドが名のると、
「――あたしは、美少女ガンファイター、インク・リボンよ」
と自分から名のった。
「あんた、年はいくつなの?」
「十だよ」
「まあ、ちびのくせにエッチなやつね、なんてませてるんだろ」
「だから、ちがうんだよ」
「あやしいもんだわ。いずれにしても、見たことはたしかでしょ?」
「そ、それはそうだけど――」
「どうやって、せきにんとってくれるのよ」
 リボンのまゆがつりあがった。
「どやってって言っても……」
「あんた、けんじゅうをつけてるわね」
「――」
「どう、あたしとうでだめしをしない?」
「い、いやだよ、女となんて」
「ま、まあ――」
 リボンが、一歩ふみ出した。
「な、なんだよ」
「女だってばかにする気ね――」
 ますますおこりだした。
「おいら、ちょっといそぐから――」
と、キッドが後ろを向いて行きかけると、
「待ちなさい」
と言ったかと思うと、リボンがさっとナイフを投げた。そのナイフがみごとキッドのぼうしをつらぬいて、後ろの木につきささった。すごいうでだ。
「さ、ぬきなさい。あたしと勝負よ」
 まさか、こんなことで命のやりとりをするわけにはいかない。
「それとも、なに、あんたがこしにつけているのは、オモチャのけんじゅうなの?」
と、リボンが一歩前に出たときである。
「きゃあああああ」
と、さっきよりもすごい悲鳴がわきおこった。見てみると、足下にへびがいた。リボンはそのまま気を失ってしまった。
 キッドは、そのすきににげていた。まったく――。それにしてもおそろしい女の子がいたものだ。

■2■

 町に着いたころには、もう西の空があかね色にそまっていた。
 キッドは、ホテルに部屋をとってから、町のようすを見物に出かけた。
 町といっても、あまり大きな町ではない。それでも、一週間ほど咲きにせまった<独立記念日>のじゅんびが始まっていた。パレードのためのかざりつけを作ったり、出し物の練習をしたりしていた。
 雑貨屋に入って、キッドは、買い物をすませた。お金をはらってから、店内を見ていると、おくの方から、にぎやかな声がした。
 酒場になっているらしい。
 よく、映がとかでは、そういった酒場には、ならず者たちがたむろしているが、そこも同じだった。
「なんですって、あたしがいつ、イカサマをしたっていうのよ?」
 女の声がした。なにかトラブルらしい。キッドは、ドアのすき間からのぞいてみた。
 三人のあらくれ者が見えた。三人とも、体格はそれぞれまったくちがうが、顔は気持ち悪いほどにていた。そして、もう一人、いっしょにテーブルを囲んでいるのは、なんとさっきのむすめ、リボンだった。
「さ――。負けた三十ドル、はらってもらおうじゃないのさ」
 いかにも悪党といった男たちに向かって、びくともしていない。
「金をはらう代わりに、このおれさまがデートをしてやるぜ」
と、ヒゲをしごきながら大男が言うと、
「あんたとデートするくらいなら、ブタとデートしたほうがよっぽど楽しいわ」
 リボンのほうも、負けてはいない。
「な、なんだと」
 三人が立ちあがって、リボンをとりかこんだ。
「悪いやつらに、つかまったもんだ。あいつらは、マルクス兄弟といって、手のつけられないらんぼう者さ」
 キッドのとなりでのぞいていた、店の店主が教えてくれた。
「大きいほうから順に、グルーチョとハーポとチコという名前さ――」
「保安官はいないの?」
「保安官がいる町は、何キロも先だ」
 だれもリボンのことを助けられないらしい。と、そのとき、はでにテーブルがひっくりかえって、ビンがわれる音がした。
「おれたちをなめるんじゃないぜ」
 三人の中では、いちばん大きいグルーチョという男が言った。
「そんなきたない顔、なめられるわけがないでしょ」
「な、なんだと――」
と、グルーチョが、手をのばして、リボンのおしりをさわろうとしたが、
「い、いえててて」
 リボンがその手をねじあげた。
「どう、まいった?」
と、リボンが手をはなすと、グルーチョはそのまま、
「わっ」
と、かべぎわに置いてあったピアノにつっこんでしまった。
「……」
「……」
 しばらくにらみあいが続いた。
「こ、っこのあまあ。よくも、マルクス兄弟にはじをかかせてくれたな。表に出ろ」
「……出たら、あんたたちがもっとはじをかくことになるわよ」
 リボンと三兄弟が外に出た。もちろん、物見高い連中もその後を追う。たちまち、町の広場には人だかりができた。
 いくらなんでも、ただの女の子と町のらんぼう者だ。勝てるわけがない。
 いよいよ決闘が始まった。町の人たちがかたずをのんで見守っている中、両者の間に、いたいほどのきんちょうがみなぎった。
「くっそー」
と、グルーチョがさけんで、けんじゅうに手をかけたとき、
「ん――?」
 一じんの風がふいて、リボンのスカートがめくれた。しかし。グルーチョが見たのは、そこまでだった。さっと、リボンが横にとぶと、その手からナイフが飛んで、グルーチョのうでにささっていたのだ。けんじゅうが落ちた。
「どう?」
 リボンは、手にナイフを持ちながら、近づいた。グルーチョはそのままかべに追いつめられる。
「くっそお」
「えい」
と、リボンの声がしたかと思うと、ナイフがグルーチョのまたのところに当たっていた。動くこともできない。続いてナイフは、うでの下に、そして、首の左右に、たちまち、人の型にできあがっていた。そして、最後のナイフがグルーチョのベルトに当たると、ズボンがずり落ちてしまった。中には、真っ赤なパンツをはいていたんで、見物人たちがどっと笑った。
「さあて――」
 リボンは、手の中でナイフをもてあそびながら、近づいた。
「か、かんべんしてくれ」
 グルーチョは半分べそをかいていた。
「で、あんたたちは、どうするの?」
とあとの二人につめよると、
「す、すみません」
と、三人ともがあやまった。
「か、金ははらうから、命だけは――」
 男たちは、ポケットから、あり金をすべて投げ出してから、
「お、おぼえてろ」
と、すてぜりふを残してにげていった。たちまち、かん声が起こった。
「魔法のようなナイフさばきだ」
「むねがすっとしたわ」
「あの連中のあわてた顔ったら――」
 町の人たちは、よっぽど、マルクス三兄弟をきらっていたらしい。
「ふっ――」
 リボンは、一つため息をつくと、
「ばかな男たち――」
と、こしをかがめた。お金といっしょに新聞の記事を切りぬいたものが落ちていた。おたずね者のリストだった。その中の一つを見て、リボンはにやりと笑って、
「百ドルか――。悪くないわね」
とつぶやいた。

■3■

 朝――。
 キッドは、目が覚めた。きのうの夜は、おそくまでやかましかった。町から悪党兄弟を追放できたので、リボンを囲んで、町の連中がさわいでいたらしい。夜おそくまでねむれなかった。が、それでも、その後はぐっそりねむれた。
「…………」
 なにかへんだった。キッドは、反射的にまくらもとに置いてあったけんじゅうに手をのばした。しかし、そこになにもなかった。それよりもおどろいたことに、のばした右手がなにかにつながれている。
「う、ううん」
 女の子の声がした。そのとき、初めてキッドは、ベッドのとなりにだれかがいることに気がついて、飛び起きた。
 ベッドのシーツをめくってみる。と、そこに、女の子――まちがいない、リボンだ――がねむっていた。
 だれだって、朝、起きて、となりに女の子がいたらびっくりするだろう。しかも、キッドの右手はリボンの左手と手じょうによってつながれている。
「…………」
 キッドは、右手を引っぱってみた。すると、リボンが、
「……もう、だめ。おなか、いっぱい」
 ねごとを言いながら、ゆっくりと目が開いた。
「……お、おはよ」
 空いている右手で目をこすりながら、リボンは、口ににぎりこぶしが入りそうな大きなあうびを一つした。そして、
「あっ、そうだ。思い出した!」
と言うと、キッドに向かって、にやりと笑って、
「びっくりしたでしょ? でも、もうにげられないわよ。――あんたが百ドルの賞金首、リトル・キッドだということはわかってるんだから」
 リボンは、新聞の記事をみせつけた。それには、二ヶ月前、起こった事件がのっていた。
 ――ある、おばあさんが悪い銀行家に借金をして、お金が返せないでこまっていた。返せなければ、農場を取り上げられる。そこへ、一夜の宿を求めてやってきたのがリトル・キッド。おばあさんの話を聞いて、キッドは、とめてくれたお礼にと言って、お金をわたした。そこまでなら、悪いことではないが、なんとキッドは、その銀行家が、おばあさんからお金を受けとった帰り道をおそって、お金を取りもどしたのだ。――と、そういう話がのっていた。
「ばかね、今どき、ロビン・フッド気取りなんてはやらないわよ」
 リボンがそう言って、高らかに笑った。
「――言っとくけど、この手じょうは最新式だから、どんなことをしてもむだよ」
 たしかに、これではにげようとしても、むりだった。
「さ、これから、あんたをタウンズの町まで連れていくわ。そうすれば、郡保安官に賞金をもらえるわ」
 リボンは、うれしそうに笑った。
 タウンズの町は山を一つこえたところだった。山道がけわしくなると、二人とも歩いて、馬を引いた。一時間ほど、登ってから、休むことになった。今朝、出発したタウンズの町が見下ろせる見晴らしのいい場所にキッドとリボンはこしをおろした。
「ね、キッド」
 リボンが言った。せなかとせなかをくっつけているので、おたがいの顔が見えない。
「あんたのこと、話して」
「話すって、なにを――」
「あんたのこと、例えば、パパとママはいるの?」
「――パパは、死んじゃったよ」
 キッドは、それから、しばらく自分のことを話した。話ながら、キッドは、そっと左手をのばした。なんとかして、リボンからけんじゅうをうばいとって、この手じょうをはずさせてにげなければ――。
 キッドは、リボンのガンベルトから、そっとけんじゅうをぬきとると、リボンのせなかにけんじゅうをつきつけた。
「さ、早くこの手じょうをはずすんだ。そうしないと――」
「どうするっていうのよ?」
「――どうするって、それは、つまり――」
 キッドがこまっていると、リボンがとつぜん笑いだした。
「あんたって、おばかさんね。このあたしが、そんなへまをすると思っているの?」
「ま、まさか――」
 キッドはけんじゅうを空に向けてうってみた。たまはぬかれていた。
「あたしを出しぬこうなんて、十年早いわ」
 リボンは、そう言って、ブーツの中からけんじゅうを取りだした。そして、キッドにじゅう口をつきつけて、
「今度、こんなことをしたら、命はないと思いなさい」
と、言ったそのときだった。じゅう声がした。しかも、それが、リボンとキッドのほんの一メートルほど上をかすめていった。
「わっ」
「きゃあ」
と、悲鳴をあげて、キッドは左に、リボンは右に――にげられるわけはなかった。二人は手が引っぱられて、したたかいたい思いをすることになった。それでも、なんか、二人は岩かげにかくれた。

■4■

 下の方のしげみがゆれた。
「がははははは」
と、出てきたのは、マルクス三兄弟。
「ねえちゃん、金もうけをひとりじめするってのはよくねえなあ」
「聞いたぜ。おたずね者なんだってな、そのガキは――」
「さ、そのガキをわたしてもらおうか――」
 三兄弟は、不敵なえみをうかべて坂を上ってきた。
「わたさないわよ。あたしの百ドル」
とリボンは、キッドをだきしめる。またじゅう声がして、今度は、リボンのぼうしうきとばした。
「リ、リボン。まずいよ、むこうはライフルだから、勝ち目はないよ」
「わかってるわよ」
「それよりも、とにかく、この手じょうを」
「――――」
 リボンは、うたがわしそうな目を向けて、
「にげるつもりじゃないでしょうね――」
「ばか。早くしないと、連中が来るよ」
「わ、わかったよ」
 キッドのはく力に負けて、リボンは、カギを出そうとしたが――、
「あ、あれ――。な、ないわ。カギがないわ。――あんた、ぬすんだわね」
「ぬすんだのなら、とっくににげてるよ」
「……じゃ、いったい」
 しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「よおし、こうなったら――」
 キッドは、目の前の岩を力いっぱいおした。ぐらっと動いた。リボンが手を貸すと、岩はあっけなく、転がりだした。そして、いきおいがついて、下から登ってくるハーポに当たった。わああという悲鳴を残して、ハーポは転がりおちていった。
「よし、これで一丁上がり」
 とにかく、二人はそのまま走りだした。
 右側は大きく落ちこんで谷、左はきりたったがけになっている。しばらく、手に手を取って走っていくと、つり橋が見えてきた。
「より、あれをわたろう」
とキッドが言うと、
「い、いやよ」
 リボンの足がその場にこおりついたようになった。
「あ、あたし、高所恐怖症なのよ」
 リボンは顔を真っ青にして言った。
「ば、ばか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「な、なによ。あたしに命令するつもり――。だめよ、行きたいんなら、一人で――」
 行くわけにはいかない。
「さ、来い」
 キッドは、リボンの手を引っぱって言った。
「い、いたい。放して。人殺し」
 つり橋は古いものらしく、かなりゆれた。はるか下には谷川が流れている。落ちたらひとたまりもないだろう。それでも、しかたなく、リボンはついてきた。
「あいつらがやってきたわ!」
 ふりかえると、グルーチョとチコがわたってくるところだった。
 とにかく、橋をわたりきった。リボンは、足がふるえるのか、そのまま、すわりこんでしまった。キッドが、リボンのけんじゅうを取ると、
「な、なにするつもりよ」
 リボンは、声をふるわせて言った。
「ま、見てて――」
と、キッドがにやりと笑って、けんじゅうをかまえてうった。グルーチョの足下に当たった。
「当たらないじゃないの。どうすんのよ」
「だまって」
 キッドは、もう一度、うった。すると、また、さっきと同じところに当たった、かと思うと、バキッと音がして、板が折れてしまった。体重があったのが、さいわいだった。グルーチョとチコの体は、そのまま、板をふみぬいて、
「わあああああ」
とはうか下の谷川に落ちてしまった。
「やったあ。すごい!」
とリボンが感激して、キッドにだきついて、キスをした。
「や、やめてくれよ」
と、言ったキッドだが、リボンはやめなかった。しかし、それと同時にリボンの右手がのびてキッドのけんじゅうをうばいおっていた。
「へへへへ」
 リボンがにやりと笑った。
「おいらのことを、やっぱり保安官につきだすつもりなの?」
「あんたに、一つ、いいことを教えてあげるわ。西部では人を信用しないこと。それが生きのびるこつよ。さ、郡保安官のところに行きましょ」
 リボンが言った。

■5■

 キッドは、汽車のまどからぼんやりと景色をながめていた。
 あれから、二日――。キッドは、さいばんを受けるために、さらに大きな町に連れていかれるとちゅうだった。両側には、保安官とその助手がつきそっている。二人とも、強そうな男たちで、とてもにげられそうになかった。
 リボンとは、タウンズの町で別れた。別れぎわ、リボンは、賞金の百ドルを手にして、「悪く思わないでね」
と言って、去っていった。
 たしかに、こんなことになったのはリボンのせいだ。しかし、リボンのことを考えると、なんだか、、心の中がちょっといたかった。
 そんなこをお考えていると、急に車内があわただしくなった。
「た、たいへんだ」
と、さわぎたてる声が聞こえる。続いて、列車が、すごい音をたててとまった。まどの外を見てみると、野牛のむれが線路をふさいでいる。その向こうには、何百、いや何千頭もの野牛が平原のはるかかなたまで続いていた。――それだけではなかった。
「たいへんだ。インディアンだ」
 平原の向こうから、馬に乗ったインディアンが三人、ライフルをうちながら、こちらにやってくる」
「くっそ」
 保安官が立ちあがった。
「おまえは、こいつを見張っててくれ」
 そう保安官助手に言いのこして、汽車の外に出た。
「にげようなんて思っちゃだめだぜ」
 助手がかっこうをつけて、けんじゅうを指でくるくる回した。が、けんじゅうはニ、三度回っただけで、ゆかに落ちてしまった。
「おっと、いけねえ」
と、ひろおうとして、けんじゅうに手をのばそうとしたが、それより前に、だれかの足がけんじゅうをふんでいた。見上げるばかりの大男――、しかもふくめんをしていた。
「なれないことはしないほうがよかったな」
 男が、そう言うと、
「悪く思わないでくれよ」
 いきなり男のこぶしが、保安官助手のはらにめりこんでいた。
「うっ――」
と、うめいて助手は、たおれた。
「また会ったな。ぼうや」
と、ふくめんを取った男は、なんとマルクスさん兄弟のグルーチョだった。
「わけは、後で話すから、とにかく、ここをにげるんだ」
 グルーチョが、そう言って、キッドを立たせた。列車の反対側に馬が待っていた。キッドは、その後ろにまたがった。みんな、インディアンたちのしゅうげきに気を取られて気がつかないようだった。
 馬をしばらく走らせてから、もうだいじょうぶというところまでやってきて、キッドはおろされた。そこに、さっきの三人のインディアンが待っていた。一人はハーポ、もう一人はチコ、そして、もう一人は――、
「リ、リボン!」
 リボンだった。リボンは、インディアンの変装を取ると、
「びっくりsた? そいつらは、あたしの子分になったのよ」
 長い金ぱつを黄色いリボンでたばねながらほほえんだ。
「でも、どうして、おいらのことを助けてくれたんだ?」
 キッドが聞くと、
「――さあね」
と、リボンはあいまいに笑った。
「リボンの親分は、あんたのことを好きだからだよ」
と、グルーチョが言うと、
「ち、ちがうわよ。へんなこと言わないで」
 リボンは、顔を真っ赤にして言った。
「こ、このインク・リボンともあろうものが、
一セントにもならにあのに人助けをすると思ってたの? ――どうして、あんたを助けたかですって。そんなの、かんたんなことよ。考えてもごらんなさい。これであんたの首にかかる賞金はもっとふえるわ。あたしの計算では5百ドルはかたいわね。そうなったら、またあんたを郡保安官のところにつき出してやるのよ。そして、賞金をもらってやるわ。だから、キッド、あんたのこと、にがさないわよ。どおまでもついていってやるんだから――」
 その言いわけのしかたが、いかにもリボンらしかった。
 キッドは、大きくのびをして、空を見上げた。にじがかかっている。そのにじの向こうには、自由の天地が広がっていた。
<終り>

作品について

■原稿枚数:28枚
■あらすじ;むかし、むかし――、といっても、ほんの百年ほど前のこと。まだ、テレビもマンガもファミコンもなかったころの、アメリカの西部――。われらが少年ガンマン、リトル・キッドに強敵があらわれた!
■初出:1994年7月10日 学習・科学 4年の読み物特集 上 西部劇物語 株式会社 学習研究社 吉見礼司・絵

作者について

森峰あきら

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