よい子、悪い子、どっちの子

森峰あきら・作

●パパは大悪党●

「バ、バカモーン! な、なんだ、このせいせきは!」
 お父さんのたいほうのような大声に、わたしは、思わずとびあがってしまいました。
 二学期がおわったその日、わたしが、『あゆみ』をおそるおそる見せたときです。
「だ、だって――」
「だっても、クソもない! 少しは、ケンイチのことを見ならえ」
 そういって、お父さんは、ケンイチにいちゃんの『あゆみ』をわたしの目の前に、つきだしました。
「――――」
 すごいせいせきです。体育をのぞいては、国語も算数も社会もオール1でした。先生のコメントのところには、いたずら100回、ちこく50回。大きくなったらまちがいなく大悪党になるでしょう、と書いてあります。
「それにひきかえおまえというやつは――、体育をのぞいて、「たいへんすぐれている」ばかりだ。しかも、ちこくもけっせきも0、忘れものも0。おまけに、担任のコメントとして、こんなにやさしくてよいお子さんは、はじめてです。――まったくなさけない」
「ご、ごめんなさい」
 わたしは、消え入りそうな声でいいました。どうして、あやまらなければいけないのでしょう。ふつうのお父さんならほめてくれるはずです。でも、うちのお父さんはふつうではありません。じつは、わたしのお父さん――、大どろぼうなのです。
「こんなことで、りっぱな大悪党になれると思っているのか!」
「――あたし」
 大悪党になんかなりたくない、といいたかったのですが、こわくて言えません。
「そうだ、おまえは、女怪盗になるんだ。こんならくな商売はないぞ。一年に一日働けば、あとはあそんでくらせるんだからな、がはははは」
 うしろでがはははという声がしました。おにいちゃんがかえってきたのです。手には、お酒のビンをもっています。また、悪いことをしてきたのです。きっと、お酒だってぬすんできたにちがいありません。
「サンタ生け捕りさくせんを考えましたよ」 おにいちゃんは、お父さんに耳打ちをします。わたしには、おしえないつもりなのです。もうすぐクリスマス。このまえ、おにいちゃんは、サンタさんをつかまえて、プレゼントをひとりじめするんだといっていました。お父さんは、そのさくせんを聞いて、
「さすがわがむすこ。天才的な悪知恵じゃわい」
 大よろこびです。
「前いわいにいっぱい、いきますか?」
 おにいちゃんは、5年生なのに、お酒をのんでいます。なのに、お父さんは、しかるどころか、
「しょうらいがたのしみだわい」
 がはははとわらっているだけ。二人が、がはははのがっしょうをしている間に、わたしは、にげようとしたのですが、
「どこへ行くんだ」
とお父さんに耳をひっぱられました。
「おまえは、これから、外に行って悪いことをしてこい。世の中がふるえるくらいの悪いことをやってみろ。それまでは帰ってくるな。それができなければ、3学期から、悪党学校へ入れることにするからな」
 そういって、まるで猫のように、わたしは、家からおいだされてしまいました。わたしは、世界一不幸せな女の子です。

●悪い子になる方法●

 ゆうぐれの町をとぼとぼと歩きました。それにしてもこまったことになりました。
 お父さんがいっていた悪党学校というのは、悪党をそだてるためのひみつの学校です。そんなおそろしい学校にはいるのはいやです。でも、わたしには家出をしても、どこにも行くところがありません。だから、悪いことをするしかないのです。
 いつもよく行くこうえんに行って、そんなことをかんがえていました。上着をきていなかったので、さむくてしかたがありません。しかたないので、わたしは、駅のほうへ歩きはじめました。
 商店街からは、クリスマスソングがながれてきます。みんなたのしそうです。それなのに、わたしは――。泣きたくなってしまいました。
 悪いことといっても、なにをすればいいのでしょう。銀行強盗、万引き、ゆすり、どろぼう、ひったくり。お父さんとおにいちゃんが、よく話しているおそろしいことばが頭の中にうかびました。でも、とてもそんなおそろしいことはできません。 
「そうだ」
 わたしは、商店街のきっさてんの前で立ち止まりました。学校でもらった『冬やすみのすごしかた』という紙に、よい子は、お父さんお母さん以外の人といっしょにきっさてんやゲームセンターに行ってはいけません、と書いてありました。でも、ゆうきをふりしぼって、わたしは行くこときめました。
「――――」
 足をふみだそうとして、だいじなことに気がつきました。お金をもってこなかったのです。これじゃ、はいるわけにはいきません。 しばらく歩いていると、大きなお家がたちならぶところにやってきました。そのとき、わたしは、おにいちゃんがしていた悪いことを思い出しました。でも、こんなことをしてしまったら、わたしはもうだめです。悪の道にすすむことになってしまいます。わたしは悪い子になってしまいます。
 大きな家の前で、立ち止まりました。しんぞうがどきどきします。なんども門の前を行ったり来たりして、7回目、ゆうきをふりしぼって、チャイムをおしました。そして、いちもくさんににげだそうとしたとき、
「あら、佐久間さん」
という声がうしろでしたので、とびあがってしまいました。ふりむくと、そこに、洋子先生がたっていました。まさか、ここが先生の家だったなんて。十月にこの町にひっこしてきたばかりなので、知らなかったのです。
「なにか、ごよう?」
「――――」
 まさか、先生のお家のチャイムをおして、いたずらをするつもりだったなんていえません。わたしは、なんておそろしいことをしようとしたのでしょう。でも、その後、先生がいったことはもっとおそろしいことでした。「先生ね、じつは、佐久間さんのおうちへうかがおうと思っていたのよ? ぜひ、一度おとうさまにお会いして、どんなふうにしてあなたのようなよい子を育てられたのか、おうかがいしたいと思っていたの」
 それだけはこまります。こまったことになりました。あんなお父さんにあったら、先生は、なんと思うでしょう。
「ご、ごめんなさい」
 わたしは、どうしていいかわからず、そういって、走りました。
 それから、しばらく、図書館に行っていました。5時になって、図書館がしまって、わたしは、また外にでました。外はすっかり暗くなっていました。でも、わたしには、帰る家がありません。
 商店街をぬけて、パチンコ屋さんのとなりにあるゲームセンターの前まできました。ここなら、お金がなくても入ることはできます。もちろん、わたしは、すぐに入って、すぐに出てくるつもりでした。思い切って中にはいりました。やかましいところです。高校生や中学生がいっぱいいます。出ようとしたとき、目の前に女の人が3人立ちました。
「へええ」
 同じ学校の6年生の人たちです。
「あんたみたいな、いい子ちゃんがゲーセンに来るんだ」
「――――」
 わたしは、おっかなくなって、下をむいていました。そして、12の3で、走りました。「まちなよ」
 おいかけてきます。でも、あいては6年生、それに4人もいます。かちめはありません。わたしは、パチンコ屋さんのうらの駐車場においつめられました。
「この前は、あたしたちのことをよくもちくってくれたわね」
 前に、この人たちがわたしのクラスの女の子をいじめていたのを先生にいったので、そのことをいっているのです。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃすまないよ」
「あたしたち、ゲーム代たりないから、ちょっと金、かしなさいよ」
「――も、もってません」
「だったら、どうして、ゲーセンにいたっていうのよ。ざけんじゃないよ、このガキ」
 ぶたれるとおもって、わたしは、目をとじました。でも、なにもおこりません。目をあけると、その手がとまっていました。そして、「わあああ!」
といって、にげていったのです。その時、うしろから、笑い声がしました。おにいちゃんの声です。あの子たちは、おにいちゃんをこわがってにげたのです。
「悪いことするの、手伝ってやろうか?」
「いいもん。あたしだって、悪いことぐらい、できるもん!」
 なんだか、いつもお父さんにほめられているおにいちゃんのことがにくらしくなって、わたしは、そんなことをいってしまいました。せっかく、たすけてくれたのに――。
「じゃ、かってにしな」
 そういって、おにいちゃんはどこかに行ってしまいました。ひとりになって、また街を歩きました。外はすっかりくらくなりました。お菓子屋さんの店の前では、エプロンをしたおねえさんたちが、クリスマスケーキをうっています。
「あっ――」
 むこうから歩いてくる人を見て、わたしは、はっと立ち止まってしまいました。おまわりさんです。どうして、おまわりさんを見ただけで、どきどきするのでしょう。なにもわるいことをしていなくても、なんだかにげだしたくなるのです。お父さんは、堂々としておけばいいといっていました。でも、もしかして、おまわりさんはこれから悪いことをしようとしている子でもわかるのかもしれません。もし、そうだとしたら、そのときのわたしを見たら、きっと捕まえたにちがいありません。だって、わたしは、世にもおそろしい悪事をたくらんでいたのですから。
 でも、しんぱいのしすぎでした。おまわりさんは、ジングルベルを口ずさみながら行ってしまいました。
「――――」
 さっきのきっさてんの前にきていました。わたしがかんがえていたこと、それは、食い逃げです。食いにげというのは、お店でなにかをたべて、お金をはらわずににげてしまうことです。前に、お兄ちゃんのはなしをきいたことがあります。
 そんなおそろしいことができるのでしょうか。でも、悪いことをしないと、わたしは、お家にかえれないのです。このままだと、わたしは、おはなしの中のマッチ売りの少女のようにこごえて死んでしまいます。それに、どうせわたしは、どろぼうのこどもです。こんなことをしようなんて、わたしは、そのとき、どうかしていたにちがいありません。
「――」
 店の中にはいったとたん、すごい音がしまました。わたしは、びっくりして、ひっくりかえってしまいました。店の女の人がわたしの手をとって、
「おめでとうございます。当店千人目のお客さまはかわいいおじょうちゃん!」
と、いいました。すごい音は薬玉だったのです。

●ママ●

 わたしは、お店でもらったプレゼントをかかえて、またこうえんにもどっていました。あたりはすっかり暗くなって、「ちかんにちゅうい」というかんばんだけがひかっているだけです。
 どうして、こうもうまくいかないのでしょう。これは、きっと神様がわたしに悪いことをしてはだめだといっているにちがいありません。でも、悪いことができないと、わたしはお家には帰れないのです。どこからか、きよしこの夜がきこえてきます。
「ママ――」
 わたしは、むねのロケットを出して、ママのしゃしんにはなしかけました。
「ママ――」
 お父さんは、ママとけっこんしていたときから、どろぼうだったわけではありません。むかしはまじめだったのです。ママは、いつもわたしにいっていました。パパやおにいちゃんのぶんもおまえがしっかりしなきゃだめよ――と。なのに、わたしは、今日、なんてことをしてしまったのでしょう。けっきょく、何ひとつ悪いことはできなかったのですが、しようとしたことにちがいはありません。 ぐぐうとおなかがなりました。そういえば、ゆうごはんをたべていなかったのです。わたしは、さっきのきっさてんでもらったケーキのはこをあけました。そして、食べようとした、そのときです。
「きゃああ。ち、ちかん!」
という声がして、女の人がこうえんのほうに走ってきました。チカンというのは、女の人にエッチなことをする悪い人のことです。女の人がわたしのいるすべりだいの下を走り抜けていきました。つづいて、男の人がやってきます。わたしは、なにもかんがえずケーキを男の人になげつけていました。
「わ、わああ」
 ケーキがめいちゅうしました。目の前が見えなくなって、男の人は、足をもつれさせて、こうえんのぞうさんにぶつかってしまいました。チカンがうめいて、
「いてて! な、なにをするんだ。わたしは、けいじだ」
 そんなことをいっています。うそにきまっています。でも、わたしは、こわくなって、いちもくさんに逃げました。

●もしかして、悪い子?●

 どこをどう走ったのかわかりません。でも、気がついたら、家にかえっていました。
「お、道子か」
 二人は、テレビを見ていました。さっきのお酒がもうからっぽになっています。
「言ってみろ。どんな悪いことをしたんだ」「――あたし」
「どうした」
「――あたし、悪いことするのいや」
 わたしが、そういうと、
「――な、なんだと」
と、お父さんは、口をあんぐりとあいたままなにもいいません。
「あたし、お父さんがなんといっても、もう悪いことをするのはいや。悪いことはしないことにきめたの。女怪盗になんかならない。大きくなったらかんごふさんになって、こまった人をたすける」
「な、なんだと」
「ぶたれてもいいもん。たたかれてもいいもん。だけど、悪いことをするのはいや」
と、そのとき、テレビのニュースが、
「本日、午後十時ごろ、葛飾区の立石で、指名手配中の女さぎしをついせきちゅうのけいじが、空からふってきたケーキにあたってけがをするというじけんがおきました」
 立石というのは、わたしの住んでいる町のことです。まちがいありません。チカンだと思ったのは、けいじさんだったのです。わたしは、目が点になってしまいました。
「ま、まさか、おまえがやったのか?」
 お父さんが、わたしのようすに気づいて、「でかしたぞ、道子。やはり、わしの娘だ。けいかんをやっつけるとは、これは、あんがい大悪党のそしつがあるかもしれんぞ」
という声が、わたしにはほとんどきこえませんでした。
 ということで、わたしは、悪党学校に入れられずにすみました。あの犯人もしばらくしてつかまったそうです。でも、お父さんとおにいちゃんはあいかわらず。ママのかわりに、わたしががんばって、二人を悪の道から立ち直らせてあげようと思っています。
                                   《おわり》

作品について

■原稿枚数:17枚
■あらすじ:わたしのお父さんは大どろぼう。なのにわたしはせいせきゆうしゅう、行いものよい子。それでお父さんはかんかん。悪い事をするまで帰ってくるあと、追いだされてしまったわたし。どうしよう……。
■初出: 1997年11月20日  3年の読み物特集 下 株式会社 学習研究社学研

作者について

森峰あきら

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